A SMALL VILLAGE DOESN’T HAVE THE NAME(2).

(前回からの続き)

ロンさんは言いました。
「ここに住んでいる人はみんな本当に貧しい。お金が無いから、お腹いっぱいに食べ物も食べれません。ここに売り物のお菓子が1つありますが、これ1つでどれだけ子供たちが喜ぶか。こちらの物価では1つたったの数セントです。でも彼らには買うお金がありません。また大人も仕事がありません。もし可能であれば、どうか、子供たちに恵んであげてください。」

俺は少し考えました。
なぜかというと、食べ物を食べられない子供たちがたくさんいるからです。
現にここ以外にもこれまで生きてきた中でいくらでも見てきました。
子供も大人も、男性も女性もいろいろな人を見てきました。
路上に座り、じっとお金を乞う老婆。
地雷で手足が無くなった男性。
小学生低学年ぐらいでしょうか。
炎天下のアスファルトを裸足で物を売ってきます。
親から教えられたのか、世界各国の片言の言葉を使って、
いつまでも付いてきます。

いつからか、こう思うようになりました。
直接的なお金の寄付は基本的にはしない。
する場合は赤十字などの団体を通しておこなおうと。
だから、今回の旅でも寄付は決してしませんでした。
なぜか?
この問いには前から答えを探してます。
そして、まだ答えが出ていません。
答えが出ていないという段階では
『自分の中の平等』に反する気がして、
直接的なお金の寄付はやめようと思っていました。

『自分の中の平等』とは、
例えば、目の前の人に寄付をする。
じゃあ、他の人はどうするのかということです。
いや、これまで断り続けてきた人はどうするのかということです。
それは平等なのかということです。

先程、”少し”考えたと言いました。
そうなんです。
いつもであれば、絶対に寄付しません。
それが俺の決まりだからです。
でも、ふと思ったんです。

目の前で一緒に遊んで腹すかしている子供たちにお菓子を買ってあげる。
子供たちが喜ぶ。
これの一体何がいけないのか?

でも、ちょっと待て。
これまでだってもっと辛そうな子供を見てきた。
全部、断ってきた。
どうして、彼らにはお菓子を買ってあげなかったんだ?
むしろ、しっかりと商売としてモノを売っていた子供もたくさんいた。
ここの子供たちにお菓子を買ってあげて、
なぜ彼らからモノを買ってあげなかったんだ?
だったら、このお金を赤十字などの団体へ寄付すべきなのか?

そもそもなぜ、自分では直接的な寄付せずに、
団体を通して寄付をしようと思ったのか。
これは見方によってはある種、汚いやり方です。
自分でそう感じるときがあるからそう思います。

俺の理屈としてはこうです。
今、目の前の人に寄付をする。
はっきり言って10ドルも寄付すれば
その日なんて楽勝で食っていけます。
じゃあ、明日はどうするの?
来月はどうするの?
来年はどうするの?
だったら、大きな金額が集まる団体へ寄付をして、
より長期的に手助けできるような方がいいんじゃないか?
俺が直接寄付するよりも、プロにお金を使ってもらったほうが、
この10ドルを直接的に手渡すよりも、
全体としてはより効果的なんじゃないか?
たとえ、目の前の人が明日飢えて死んでしまうとしても、
答えの無い自分としてはそうすることが、
正しいんじゃないか?

汚いというのは、
こんな理屈を並べているくせに、
実際にお金がどこでどうやって使われているのか、
しっかり確認していないということです。
だから、自分で自分を勝手に納得させる逃げ道のように感じます。

寄付金を集めて、私的流用されているかもしれません。
でも、俺には関係ない。
そこまでの過程で自分を満足させているんです。

子供と遊びながらも「どうしたらよいか?」をずっと考えていました。子供たちは無邪気に遊んでいます。気が付いたら水遊びになりました。家の横に井戸があって、子供たちも日本人の方たちもびしょびしょになって水かけ遊びをしています。

そうしたら、ロンさんがうれしそうに言いました。
「去年は井戸はなかったんです。でもアキラが作ってくれた。」

そこで俺は”俺が村に来た理由”がようやくわかりました。
アキラさんというのは俺をこの村に誘ってくれた方ですが、
彼が色々なかたちでこの村を支援していました。
井戸に始まり、米の支給、
また雨季には大量の雨が降るんですが、
家の土台整備などの土方作業。
詳しくは話を聞いていませんが、
恐らく自費でやっているのだと思います。
たまたまお邪魔したスラムのような村を訪ねて、
その状況を聞いて、自分で始めたのでしょう。
アキラさんは子供たちに大人気です。
みんな「アキラ、アキラ」と寄ってきます。
家の壁には”DONATED BY JAPAN”と書かれた
真新しい額が飾られていました。
「感謝の気持ちとして作りました」とロンさんが教えてくれました。
これを作るのだって決して安くはないでしょう。
でも、それでも日本人の人がこの村を助けてくれている、
いや、この村を気遣ってくれているということを誇りに思い、
作ったのだと思います。
そして、ロンさんは言いました。
「子供たちにお菓子を買ってくれますか?」

最終的に俺はお菓子を買いませんでした。
村を後にしてゲストハウスに戻った際に、
アキラさんに寄付金を渡しました。
村を去る際にロンさんにはこう伝えました。
「お菓子を買うということに対して、僕には今、答えが出ません。でも、アキラの、彼のサポートが、皆さんの手助けになっていることは理解しました。僕は直接お菓子を買わないけれども、彼にお金を渡します。彼が、みなさんのために役立ててくれると思うからです。本当に申し訳ないですが、これが今の答えです。」

答えはあるんでしょうか?
ただ、俺は自分の中で答えがほしい。
探し続けています。

【ベトナム戦争被害者の女性。by Mr. Yasufumi Murayama】ベトナムの展示館で印象に残った写真。枯葉剤の被害で立って歩くことができなので滑車の着いた台で生活しているのでしょう。印象に残ったのはこの笑顔。やっぱり人が笑っている顔はいいですね。

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